日常生活は人によって異なる

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「銀座で8,000円のディナーだよ。」

その先に続く言葉が予想出来ませんでした。
「美味しいはずが無い」
彼が言うに、銀座で1人8,000円の予算では美味しい物ができる筈が無い。
最低でも20,000円は必要であるという話でした。

「先週はお肉食べたけど2人で12万円だった。」と、ごく自然にまるで、”今朝は卵かけご飯だったよ”と説明するように抑揚無く話します。
別に自慢したいわけでもなく、美味しい物が食べたかっただけだそうです。

今まで何処かの週刊誌の妄想かと思っていたのですが、実際にそんな人達が存在するのを目の当たりにしました。
「和食に行く」というのは、帰りに”箱詰め”か”おにぎり”か選ぶというのが問題というのも庶民からすれば信じがたい悩みです。

ただ、いずれも特別なものでは無く生活の一環であるということです。
一般人がコンビニで100円の挽きたてコーヒーを飲むのと大差が無く、金額が若干異なるだけと考えれば理解が可能です。

その出会った人は、彼女へのクリスマスプレゼントにカルティエの時計を考えているそうですが、80万円を優に超えるそうです。
「そんなに高い物をプレゼントするなんておかしい!」と非難する人も居るそうですが、さして特別な事では無いと言っていました。

筆者は世田谷には住んでないですし、億円のマンションを持っていないので彼らの金銭感覚ではありませんが、コンビニでは値段を見ずに買い物できますし、スーパーに行けば最も高級な卵を買います。きっとこの感覚に近いのだと思います。

つまり、自分と生活水準が違うからと言って非難するのは無意味なことと言えます。
「お金持ちは無駄使いしない!」という記事が多いですが、彼らは無駄使いしているつもりはありません。そんなことを言えば東京に住むことさえ無駄使いになってしまいますし、マンションに何億も出すのも無駄使いです。

全てはその人の日常なのです。「日常生活は人によって異なる」というのを意識するのが我々庶民にできる僅かな理解へと繋がります。