小中学校で生涯が決まる


子供の小学校選び、これで生涯の多くが決まると言っても過言ではありません。

筆者は地方の市でも、中心部から離れた本当の田舎で育ちました。
例えば通学路に家よりも畑が多く、車は通っても人とすれ違うのは両手で数える事ができるようなところです。

地方の小学校は競争社会から切り離され、心を育むのに向いています。
イジメや環境の問題がある場合もありますが、多くでは子供がのびのびと余裕を持って教育できます。

ですが、中学に上がると途端に競争社会になります。例えばスポーツであっても、実力社会、更には県大会、全国大会など、中学生の時点で「強い人が強い相手」と戦うのです。

勉強もしかり、全国学力テストは県内で順位が出たり、高校受験を意識したり他人との戦いが始まっています。
つまり小学校の時点で「他者と戦うベース」を作って居ないと、その時点で文化的な進路は絶たれます。

私の通った公立中学校は、田舎すぎてヤンキーが多かったり、グレてバイクに乗るような学生が居た程です。タバコなども全校集会でしばし問題になりました。
市内でトップの高校に対する進学率は1%未満。300人の学生の中で、毎年1人か2人です。

ところが、市内でもお金持ちが集まる閑静な住宅街の中学校は、住んでいる親が裕福で自然と子供同士でも勉強をするのが普通になります。バイクを乗り回すようなヤンキーは居ません。
そういった学校には、それに見合った先生が割り当てられます。
この中学校からは、トップの高校への進学率は10%以上。学年で20人近くがトップの高校。30人以上は上位高校に進学してゆきました。

この時点で完全に格差が決定します。筆者の県では、トップ高校以外からの東京大学、京都大学などの旧帝大への進学は事実上不可能に近いのです。
学歴が全てでないとしても、旧帝大が地方大学かでは大手企業へ就職できる可能性が異なります。また医師や弁護士など専門業に着く確立も減るのです。

子供には「大人になったら何になりたい?」と聞きますが、その子供が通う小学校の時点で何に「なれるか」が殆ど決まってしまっているのです。
このような話をすると「本人の気持ち次第でなんとでもなる!」と反論を受けることがありますが、子供の判断基準や世界とは何でしょうか?

家庭環境(自宅)、学校、友人の3つです。それ以外は長期休暇に帰省したり旅行に行く位です。
・自宅で親に教養があり教育のモチベーションが高い
・良い教師が揃い、教育に熱心で、学力・成績の高い学校
・不良やゲーム遊びでなく、競争社会(学力)を意識する友達
これが全て必要なのです。いかに自宅で厳しい勉強を架しても、子供の友達が勉強を全くせず、毎日3〜4時間もテレビゲームをするような集団であったらどうでしょうか?

私は、小学生当時にテレビゲームがあまり好きでなかったのですが、友達たちは毎日誰かの家に集まって3〜4時間もゲームをするのです。
仲間はずれにされたくなかったので、部屋の後ろからその光景を眺めるという、屈辱的な時間を過ごしました。

結局、その彼らがどうなったかというと、良い就職先で市役所職員。残りはアパレル、親の米屋、小さな自動車工場です。25歳の時の同窓会でマクドナルドに寄るような人種だったのです。
私でさえ、下流階級と言えるのに、同級生の中でもっとも成功してるのです。

つまり、子供を幸せにしたければ、最低限文化的な地域に住むべきです。
そして感性の豊かで向上心にあふれた友達が居る学校に通うわせるべきです。
私が今住んでいるタワーマンションは、小学3年生ほどの子供が夕方になるとバイオリンを背負ってお母さんと楽しそうに話しながらエレベーターに乗ってきます。
他にもピアノのバッグを持ったりと、とても文化的です。
ショッピングモールで見かける、大きな金切り声を上げて走り回る子供は居ません。

自分が幸せな幼少期を過ごせなかったのであれば、せめても子供を幸せな環境に置いてあげれるのは唯一親だけがしてあげれることです。